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- トラウマ症状
2つのストレス反応 ―「闘争・逃走」と「固まり・麻痺」
ストレスは私たちの生活に常に寄り添う存在です。人間関係の摩擦、職場や家庭での環境変化、自然災害や社会的事件など、日常のあらゆる場面に潜んでいます。軽度のストレスであれば一時的な緊張や不安として処理され、心身に大きな傷を残すことはありません。
しかし、生命の危機に直結するような強烈なストレス体験は、脳と神経系に深い刻印を残し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や解離性障害といったトラウマ後遺症へとつながります。
扁桃体は危険を察知する「警報装置」の役割を担っていますが、強いストレス体験が繰り返されると過敏化し、常に危険信号を発し続けるようになります。
その結果、神経系は繊細化し、ストレスに対抗するための防衛反応が過剰に働くようになります。ここで現れる代表的な反応が、「闘争・逃走(fight or flight)」と「固まり・麻痺(freeze)」の二つです。
闘争・逃走(fight or flight)
「闘争・逃走」の反応は、交感神経が急激に高まり、アドレナリンが分泌されることで生じます。
・闘争:我を忘れて攻撃的に抵抗し、危険を排除しようとする。
・逃走:その場から必死に逃げ出し、身を守ろうとする。

これは積極的な防衛反応であり、動物が捕食者から逃げる際の本能的行動に近いものです。
人間の場合、この反応が過剰に働くと、過覚醒状態となり、PTSD的な症状を引き起こします。
具体的には、不眠、パニック発作、動悸、過呼吸、強い不安感、驚愕反応、チックや痙攣などが現れます。まるで「アクセルを踏み込みすぎた暴走車」のように、心身が常に緊張と恐怖に支配されるのです。
固まり・麻痺(freeze)
一方で「固まり・麻痺」の反応は、恐怖に直面した際に身体が硬直し、動けなくなる消極的な防衛反応です。
・足がすくんで動けない
・意識が遠のき、記憶が途切れる
・感覚が麻痺し、現実感が薄れる

動物でいえば「死んだふり」に近い状態です。これは副交感神経のうち背側迷走神経が強く働くことで起こります。強烈なストレス体験を「感じないようにする」ことで負荷を軽減しようとするのです。
この反応が繰り返されると、解離性障害へとつながります。
離人症、解離性健忘、さらには人格が分裂する解離性同一性障害(DID)などが代表的です。強い解離は「思考が止まらない」「哲学的に考え込みすぎる」といった思考促迫を伴い、現実感の喪失や無気力感を深めていきます。
PTSDと解離性障害 ― 二つのスペクトラム
PTSDと解離性障害は一見すると相反する性質を持っています。
・PTSD → 交感神経優位、過覚醒、恐怖と緊張
・解離性障害 → 副交感神経優位、麻痺、無気力と現実感の喪失
しかし実際には、両者は明確に分けられるものではなく、スペクトラム的(グラデーション的)に存在しています。人によっては両方の症状を同時に抱えることもあり、これが「複雑性PTSD」と呼ばれる状態です。
PTSDや解離性障害で起こる症状
PTSD的症状(交感神経優位)
・不眠、過覚醒
・動悸、過呼吸、血圧上昇
・パニック障害、不安障害
・チック、痙攣、驚愕反応
・感情の浮き沈み、苛立ち、憎しみ
解離性障害的症状(背側迷走神経優位)
・無気力、倦怠感、朝起きられない
・血流低下、青白い顔色
・離人症、記憶の断片化
・無表情、失感情、無口
・現実感の喪失、人格交代
ポリヴェーガル理論による理解
従来の「交感神経 vs 副交感神経」という二分法では、なぜPTSDと解離性障害という相反する症状が生じるのか説明が困難でした。そこで登場したのがポリヴェーガル理論です。
この理論では、副交感神経をさらに「腹側迷走神経」と「背側迷走神経」に分けて考えます。
・腹側迷走神経 → 安全感、リラックス、社会的交流を促す
・背側迷走神経 → 麻痺、固まり、意識の遮断を引き起こす
これにより、交感神経優位なPTSDと、副交感神経(背側迷走神経)優位な解離性障害の両方を説明できるようになりました。
複雑性PTSD ― 二つの反応の重なり
現実には、PTSDと解離性障害が単独で発症することは少なく、両者が複雑に絡み合った「複雑性PTSD」が一般的です。
・無気力で身体が重いのに、同時に緊張しやすい
・現実感が薄いのに、恐怖や不安が強い
・眠気と過覚醒が交互に訪れる
これは、交感神経と腹側迷走神経が同時に高まり合う状態であり、人によって症状の現れ方は多様です。育成環境、遺伝的要素、体質、教育環境などが複雑に影響し、発症の形は人それぞれ異なります。

まとめ
・闘争・逃走反応 → 交感神経優位、PTSD的症状
・固まり・麻痺反応 → 背側迷走神経優位、解離性障害的症状
・両者はスペクトラム的に存在し、複雑性PTSDとして重なり合うことが多い
・ポリヴェーガル理論によって、従来説明できなかった両反応の共存が理解可能になった