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  3. 精神医療4:睡眠薬の100年史~安全性の幻想と現実~

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はじめに

向精神薬の代表的なものが、抗うつ薬、抗精神薬、そして抗不安薬と睡眠薬。
前回は、抗うつ薬についてみてきましたが、今回は最も多く処方されている抗不安薬と睡眠薬の歴史についてまとめていきました。

睡眠薬は、眠れないときに病院で処方されることが多い向精神薬であり、比較的なじみのある薬だと思われています。日本ではデパスなどが「安全な薬」として扱われることもありますが、これらはアルコールと同じくGABA神経系に作用する薬であり、有害性や依存性も決して低いわけではありません。
長期的に服用すると危険性を伴うことは、あまり広く知られていないのが現状です。

また、「睡眠を改善する薬」というイメージを持つ方もおられるかもしれませんが、実際には睡眠の質そのものを改善する薬ではなく、あくまで一時的に眠りやすくするための対症療法薬である点に注意が必要です。

現在、一般的に処方されている睡眠薬の多くはベンゾジアゼピン系に分類されます。これらの薬は依存性が強く、常用すると手放せなくなることがあり、いわゆる「ベンゾジアゼピン被害」と呼ばれる問題も多く報告されています。睡眠薬は身近な薬である一方で、慎重な使用が求められる薬でもあるのです。

睡眠薬の歴史

睡眠薬の歴史

1869年 はじめての睡眠薬「抱水クロラール」登場

エスクレ

最初に登場した睡眠薬は、1832年にギーセン大学の化学者ユストゥス・フォン・リービッヒによって合成された「抱水クロラール(chloral hydrate)」でした。その後、1869年にベルリン大学のオットー・リープライヒが不眠症に対する有効性を認め、医療用の睡眠薬として広く使用されるようになりました。

抱水クロラールは当時、演劇や小説にも登場するほど一般に知られた薬でしたが、味や匂いが非常に不快であったこと、そして治療に使える量と中毒を起こす量の差が非常に小さいという問題がありました。そのため、20世紀に入ると、より扱いやすいバルビツール酸系睡眠薬へと置き換えられていきました。

1920年~1950年 バビルツール酸系の登場

バルビツール酸系睡眠薬

バルビツール酸系睡眠薬は、味が比較的穏やかで、治療域と有毒域の差が抱水クロラールほど狭くなかったことから、1920年から1950年頃にかけて、ほぼ唯一の睡眠薬・鎮静薬として広く使用されてきました。

しかし、バルビツール酸系の薬は耐性や依存性が形成されやすく、過量摂取によって呼吸中枢が強く抑制され、死亡に至る危険性が高いという重大な問題がありました。そのため、自殺企図の手段として用いられることも多く、社会的にも大きな影響を与えた薬として知られています。

著名な人物では、マリリン・モンローや芥川龍之介が「急性バルビツール酸中毒」による自殺と考えられており、これらの出来事は「睡眠薬は恐ろしい薬である」という印象を社会に強く植えつける結果となりました。

第2次世界大戦後、戦時中にカンフル剤として利用されていた覚せい剤「ヒロポン」だけでなく、睡眠薬も闇市で売られていました。1948年には、「平和の眠り」というキャッチフレーズで睡眠薬アドルムの広告が新聞に掲載され、一般の人々の目にも触れるようになります。

しかしその翌年の1949年、小説家の坂口安吾がアドルム中毒で入院し、さらに作家の田中英光が太宰治の墓前でアドルムと酒を同時に摂取した後、カミソリで手首を切って自殺するという事件が起こりました。これらの出来事をきっかけに、アドルムの乱用や自殺が社会的な問題として広まり、深刻な薬物乱用の波が生まれていきました。

アドルム錠

1950年代に入ると、バルビツール酸系睡眠薬よりも安全性が高いと宣伝された「バラミン」や「ハイミナール」などの非バルビツール酸系睡眠薬が登場しました。しかし、実際にはバラミン中毒が多数発生し、深刻な健康被害が問題となりました。
また、ハイミナールは青少年の間で「睡眠薬遊び」として乱用されるようになり、社会問題として取り上げられるほどの広がりを見せました。安全性をうたって登場した薬であっても、適切に管理されなければ危険性が高まることが、この時代の出来事からもよくわかります。

ハイナミール

1962年には、アメリカの女優マリリン・モンローが自殺した事件が大きな話題となり、彼女の血中からバルビツール酸系睡眠薬と抱水クロラールが検出されたことが報じられました。この出来事は、睡眠薬の危険性を象徴する事件として世界的に注目を集めました。
その後、睡眠薬による社会的な事件は次第に沈静化していきますが、代わって非バルビツール酸系の薬物やシンナーなど、別の薬物乱用が社会問題として取り上げられるようになりました。薬物乱用の形は時代とともに変化していきますが、常に新たな問題が生まれていたことが、この時代の特徴でもあります。

1960年~  ベンゾジアゼピン系の登場

レンドルミン

1960年代に入ると、現在でも広く使用されている「ベンゾジアゼピン系」睡眠薬が登場し、安全域が狭いバルビツール酸系に代わって主流となっていきました。ベンゾジアゼピン系はもともと抗不安薬として開発された薬ですが、入眠作用や抗不安作用があることから睡眠薬としても利用されるようになりました。

登場当初、この新薬は医療関係者の間で歓迎されました。しかし、使用が広がるにつれ、記憶障害、ふらつき、耐性、他害行為、奇異反応、自殺衝動など、さまざまな副作用が報告されるようになり、徐々に問題点が明らかになっていきます。
1969年には、女優ジュディー・ガーランドがアルコールとベンゾジアゼピンの相加作用によって死亡したことを受け、アメリカ上院に調査委員会が設置され、処方量が減少しました。さらに1971年には、薬物乱用の危険を防ぐための「向精神薬に関する条約」が公布され、1975年には短期間に限った処方が認められるようになります。

1980年代に入ると、イギリスではベンゾジアゼピン依存の問題が社会的に注目され、メディアでも頻繁に取り上げられるようになりました。1984年には、ヘザー・アシュトンが国民保健サービス(NHS)内に離脱支援クリニックを開設し、ロシュ社およびジョン・ワイス社に対して、14,000人の患者と1,800の法律事務所による史上最大規模の集団訴訟が起こされました(最終的に損害賠償は認められませんでした)。


この流れを受け、アシュトン教授の誕生日である7月11日は「世界ベンゾ注意喚起の日」と定められています。
国際的には1977年、日本では1982年に、アップジョン社のトリアゾラム(商品名「ハルシオン」)が発売されました。強い健忘作用があることから「ハルシオン遊び」と呼ばれる乱用が世界的に広がり、社会問題となりました。日本でも六本木界隈で「アップジョンする」という言葉が生まれるほど乱用が見られました。
さらに、1984年に日本で販売されたフルニトラゼパム(商品名「サイレース」)は、アルコールとの併用で高い確率で健忘を引き起こすことがあり、アメリカやイギリスでは「レイプドラッグ」として悪用されました。そのため1990年代以降、諸外国では違法薬物として扱われ、イギリスでは販売中止、ドイツでも承認が取り消されています。

なお、ハルシオンやサイレースを服薬している場合、アメリカへの持ち込みは禁止されているため、渡航を控えるか、主治医による英文診断書が必要になります。

1980年~ 非ベンゾジアゼピン系の登場

マイスリー

1980年代に入ると、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の危険性が指摘され始め、それに代わるものとして非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が登場しました。これらは成分名がZから始まるものが多いため、「Z薬」とも呼ばれています。ベンゾジアゼピン系の改良版として期待されていましたが、実際には依存性や副作用の面で大きな差はなく、根本的な問題の解決には至りませんでした。
そのため、睡眠薬以外の手段を見直す動きも広がっていきます。現在では、睡眠薬の処方割合はベンゾジアゼピン系が約70%、非ベンゾジアゼピン系が約30%とされており、依然としてベンゾジアゼピン系が主流を占めています。

代表的なベンゾジアゼピン薬

・超短時間作用型
ハルシオン、アモバン、マイスリー、ルネスタ
・短時間作用型
デパス、レンドルミン、エバミール
・短-中時間作用型
リスミー
・中時間作用型
サイレース、ベンザリン、エミリン、ユーロジン、イソミタール
・長時間作用型
ダルメート、ソメリン、ドラール

2000年~ うつ病キャンペーンとともに睡眠薬、抗不安薬売り上げ急増

精神薬売り上げ

日本では、1998年から始まった「うつ病キャンペーン」によって精神科を受診する人が急増し、それに伴って抗うつ薬の売り上げも大きく伸びていきました。この流れと並行して、睡眠薬や抗不安薬の処方量も増加していきます。
しかし、ベンゾジアゼピン系薬の危険性については、当時すでに20年以上前から指摘されていたにもかかわらず、多くの患者に処方され続けました。依存性や離脱症状の問題が十分に共有されないまま、薬物療法が拡大していった時期でもあります。
さらに2010年3月には、中高年男性をターゲットにした自殺対策の一環として、内閣府が「睡眠キャンペーン」を打ち出しました。睡眠の改善を通じてメンタルヘルスを支援するという名目でしたが、結果として睡眠薬のさらなる普及につながった側面もあります。

睡眠薬キャンペーン

このキャンペーンは、不眠症がうつ病や自殺へとつながるサインの一つであると位置づけ、不眠が続く場合には早めに精神科を受診して予防につなげようと呼びかけるものでした。
「お父さん、眠れてる?」
「眠れていますか? 2週間以上続く不眠は、うつのサインかもしれません。眠れないときは、お医者さんへ」
といったキャッチコピーが全国の市町村で広く啓発され、ポスターやパンフレットとして配布されました。
このメッセージはその後も長く使われ、令和3年時点でも見かけることがあります。

2010年  ラメルテオン(商品名:ロゼレム) の登場

ロゼレム

生物の体内には、睡眠と覚醒のリズムを調整する「メラトニン」というホルモンが存在します。ラメルテオン(商品名「ロゼレム」)は、このメラトニンの受容体に作用し、体内時計に働きかけることで入眠を促すタイプの睡眠薬です。

ロゼレムは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬のような強い依存性や記憶障害などの副作用は少ないとされていますが、その一方で睡眠作用は比較的弱く、睡眠が浅くなりやすい傾向があります。そのため、夢をよく見る、昼間に眠気が残るといった症状が出ることがあります。

また、翌朝まで作用が残りにくいと考えられてきましたが、実際にはロゼレムを服用した翌朝でも眠気が取れず、仕事に支障が出るケースも報告されています。さらに、自動車運転時には注意力や運転技能が低下し、車線をはみ出す回数が増えるなど、居眠り運転につながる可能性も指摘されています。

2014年 スポレキサント(商品名:ベルソムラ)

ベルソムラ

オレキシンとは、視床下部から分泌される覚醒維持に関わるペプチドホルモンのことです。スボレキサント(商品名「ベルソムラ」)は、このオレキシンの受容体に作用するのをブロックすることで覚醒状態を弱め、睡眠を促すタイプの睡眠薬です。
ベルソムラは、従来のベンゾジアゼピン系睡眠薬に比べて依存性や記憶障害などの副作用が少ないとされていますが、翌朝の運転能力への影響が指摘されています。実際、スボレキサント服用後の翌朝に行われた運転試験では、車線逸脱が増えるなどの運転パフォーマンス低下が報告されています。
さらに、研究によっては、飲酒運転の基準であるアルコール血中濃度0.05%によるふらつきよりも強い運転能力の低下を示す人が、2~3割程度存在するというデータも示されています。
そのため、ベルソムラは「副作用が少ない睡眠薬」というイメージだけで判断せず、翌日の活動、とくに自動車運転には十分な注意が必要です。

睡眠薬や抗不安薬の処方は、「睡眠キャンペーン」の影響もあり一時的に増加傾向にありましたが、2012年度の診療報酬改定をきっかけに減少へと転じました。近年では、ベンゾジアゼピン系の薬からロゼレムやベルソムラといった新しいタイプの睡眠薬へ置き換える動きも一部で見られています。

睡眠薬売り上げ推移

参考:ファーマスタイルWEB

しかしその一方で、現在もベンゾジアゼピン系の薬を長期間にわたり服用し続けている日本人は、約730万人にのぼるとされています。こうした薬の依存性や離脱症状の問題は大きく報道されることが少ないものの、実際には「ベンゾジアゼピン被害者」と呼ばれる人々が多く存在しているのが現状です。

そのため、睡眠薬や抗不安薬を使用する際には、必要最低限の期間と量にとどめ、慎重に向き合うことが重要です。

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