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- トラウマ症状
はじめに:日本におけるうつ病に対する間違った認識

よく、メンタルヘルス関連では「うつ病は交感神経優位な状態、うつ病=不眠」と聞くのではないでしょうか?
実は、これは間違った考え方なのです。
発症時の状態(非投薬時)
| 非定型うつ | 定型うつ | |
| 日本 | 過眠 | 不眠 |
| 正しいのは | 不眠 | 過眠 |
うつ病の考え方に対する矛盾とは

一般的に、ストレスがかかると興奮状態となり、交感神経が上昇します。
しかし、定型うつの場合、強いストレスを受けたにもかかわらず、シャットダウンしたかのように倦怠感、強い解離、慢性疲労、過眠といった副交感神経優位の強い症状がでてきます。
また、うつ病に処方される抗うつ薬は、ノルアドレナリン、セロトニンといった交感神経を高める覚醒型の神経伝達物質であるように、ノルアドレナリン、セロトニンが減少した状態、つまり交感神経優位ではない状態です。
なぜ、強いストレスがかかって副交感神経優位の状態になるのかが長年の疑問でした。
その矛盾点を解決させたのが、「ポリヴェーガル理論」です。
| 非定型うつ | 定型うつ | |
| 症状 | 不眠、イライラ、動悸 | 過眠、憂鬱、無気力 |
| 神経伝達物質 | ノルアドレナリン↑ | ノルアドレナリン↓ セロトニン↓ |
| 処方される薬 | 抗不安薬・睡眠薬 (主にベンゾジアゼピン系) ノルアドレナリン↓ 副交感神経高める いわゆるダウナー系薬といわれる | 抗うつ薬 ノルアドレナリン↑ セロトニン↑ 交感神経高める いわゆるアッパー系薬といわれる |
| 自律神経 | 交感神経優位 | 副交感神経優位 |
ポリヴェーガル理論は、従来の「交感神経 vs 副交感神経」の二元論では説明できないうつ病や解離症状の矛盾を解決するために、スティーブン・ポージェス博士が1990年代に提唱した理論です。
世界的には心理療法や精神医学に広く応用されていますが、日本では依然として二元論モデルが主流であり、臨床現場での理解や治療に遅れがあると指摘されています。
特に抗不安薬や睡眠薬といった「ダウナー系」の薬を長期で服用していると、定型うつ病と類似した症状のようになってしまうのです。本来のうつ病ではダウナー系薬を服用すると症状が悪化するため、睡眠薬などを服用することはありません。
日本の現状
・日本では依然として「交感神経 vs 副交感神経」の二元論モデルが主流。
・そのため、うつ病を「副交感神経が強すぎる状態」と単純化して捉え、誤った理解や治療方針につながるケースがあると指摘されています。
・学術的には千葉大学などでポリヴェーガル理論を精神療法に応用する研究が進められていますが、臨床現場への普及はまだ限定的となっています。
一般的な自律神経の考え方

では、なぜストレスがかかって副交感神経優位の状態になるのでしょうか?
その前に自律神経の一般的な2元論の考え方から説明します。
人体には多くの神経細胞が配線のように張り巡らされており、いくつかの神経系統が存在します。
なかでも、自律神経系統は身体調整、感情、生命維持(ホメオスタシス)に関わっており、精神疾患と最も深い神経系統になります。
自律神経には、交感神経と副交感神経があり、それぞれ相反する作用があります。
交感神経と副交感神経が作用することで、身体の生命活動のバランスが保たれています。
交感神経
身体を活発に活動させるときに働き、運動、恐怖、不安、怒り、興奮などに作用します。
緊急時には、極度に活性化し、手足の筋肉と心臓、肺、気管支に血液とエネルギーが集中することで、走ったり、闘うことができます。
心理・生理に及ぼす症状としては、不安、パニック、過活動、大げさに驚く、過剰警戒、リラックスできない、そわそわする、消化機能不全、不眠、怒り、感情が押し寄せる、慢性の痛みなどです。
副交感神経系
交感神経が活発になって覚醒・興奮状態になった身体を休ませ、リラックスさせる神経系です。
副交感神経が優位になっている時には、休息、消化、睡眠、排泄、生殖機能、身体の回復などが行われます。
身体が落ち着いている時には、胃液・膵液の分泌、腸の蠕動運動、唾液分泌、心肺機能抑制、排尿促進、血管拡張などが起きます。
ストレス過剰になると、「凍りつき」という超省エネモードになり、身体を守りに入ります。
心理・生理に及ぼす症状としては、鬱、感情麻痺、無気力、倦怠感、生きていないような感覚、疲弊感、慢性疲労、方向感覚消失、乖離、複雑症状、痛み、血圧低下、消化機能低下などです。
ストレスと防衛反応
ポリヴェーガル理論を理解するためには、まずストレスとそれに対抗する防衛反応について知っておく必要があります。ストレスには大きく分けて二種類があり、交通事故や強姦、恐怖や驚きといった突発的に生じる「急性ストレス」と、機能不全家庭など環境から長期的に受け続ける「慢性ストレス」があります。
これらのストレスに対抗するために、自律神経系は防衛反応を示します。交感神経が過剰に働くと「闘争・逃走」反応が生じ、闘う、逃げる、あるいはパニックになるといった状態が現れます。一方、副交感神経が過剰に働くと「固まり・麻痺」反応が起こり、解離、うつ病、気絶などの状態を引き起こします。
交感神経あるいは副交感神経のいずれかが過剰に優位になると、心身はバランスを失い、PTSDや解離性障害といったトラウマ関連症状が生じます。交感神経が優位な場合には、不安や恐怖が強まり、全般性不安障害、パニック障害、非定型うつ、さらにはフラッシュバック的な症状が現れます。逆に副交感神経が優位になると、定型うつ病や解離性障害といった症状が出現します。
このように、自律神経の乱れは心身の防衛反応を過剰に偏らせ、さまざまな精神症状を引き起こす要因となります。

防衛反応:闘争・逃走
交感神経UP
恐怖、不安障害、フラッシュバック(PTSD)


防衛反応:固まり・麻痺
副交感神経UP
うつ病、気絶、解離性障害(離人症・健忘)

ポリヴェーガル理論とは
~3つの神経系統からなる理論~

では、ポリヴェーガル理論の説明に入ります。
ポージェス博士の理論では、従来の自律神経系に「社会神経系」という新たな概念を導入し、3つの神経系によって環境への適応や危機管理システムが構成されていると考えています。つまり、従来の二元論的なモデルを三元論的に拡張して捉えた点が特徴です。
この3つの神経系について説明します。
迷走神経は脳幹の延髄に神経核を持ち、12ある脳神経の一つである第10脳神経に該当します。最も大きな神経であり、内臓のほとんどとつながっています。一般的に副交感神経と呼ばれるものは、この迷走神経に属しています。

脳幹内の神経系統
ポージェス博士は、従来副交感神経として一括りにされていた神経をさらに分け、延髄の疑核を起点とする「腹側迷走神経複合体」と、延髄の孤束核を起点とする「背側迷走神経複合体」として整理しました。迷走神経は他の神経系とも組み合わされて働くため、「複合体」と呼ばれています。
つまり、3つの神経系とは具体的に「交感神経」「腹側迷走神経複合体」「背側迷走神経複合体」であり、このうち「社会神経系」に該当するのは腹側迷走神経複合体です。これら3つの神経系は、生命の危機が訪れた際に防衛反応として階層的に働いていきます。
・腹側迷走神経複合体(社会神経系)・・・最新の神経系 社会友好モード

系統学的には、この神経系は人間を含む哺乳類だけに発達した最新の神経系です。横隔膜より上に位置し、目、表情、声質、声帯、口、顎、頭、心臓、肺などの働きに関わります。そして、他者との意志疎通や自己鎮静を促し、社会的なつながりを支える「社会友好モード」に用いられます。危機が訪れた場合でも、冷静に行動し、周囲の人々と協力体制を築こうとする働きを持っています。
・交感神経系・・・闘争・逃走モード

交感神経系は、背側迷走神経複合体の次に発達した神経系であり、運動や活動をしているときに働いています。しかし、緊急時には「闘争・逃走モード」が作動し、牙をむいて闘う、逃げ出す、強い緊張や興奮、パニック状態などを引き起こします。その結果、不眠やPTSDの原因となることがあります。
・背側迷走神経複合体・・・最も古い神経系 固まり、麻痺モード

背側迷走神経複合体は、単細胞生物にも存在する最も古い副交感神経です。横隔膜より下に位置し、適度に働いているときには「リラックス・休息モード」が作動し、消化、睡眠、排泄、生殖機能、身体の回復などを担います。
しかし、生命が危険にさらされたときには、防衛反応として「固まり・麻痺モード」が作動し、シャットダウン、失神、うつ病、解離性障害、慢性的な疲労、引きこもりといった症状が現れることになります。

私たちの生命に危機が訪れたときの反応の順位は、進化の段階で新しく発達した腹側迷走神経複合体から作動し、これで対応できない場合には交感神経系が働き、さらに対応できない場合には背側迷走神経複合体が作動していきます。
例えば、日常生活では腹側迷走神経系が働き、人との社会的なコミュニケーションを保っています。しかし、突然強盗が家の中に入ってきたとします。最初に強盗を説得し、話し合いに持ち込もうとする場合は、腹側迷走神経が優位な状態になります。話し合いで決着がつきそうにない場合には交感神経系が優位となり、逃げる、闘う、大声で叫ぶ、あるいはパニック状態になるといった防衛反応が働きます。それもできない場合には背側迷走神経系が優位となり、身体が硬直し、失神や解離状態に至るように働きます。
このように、いずれの神経系の働きも生き残るために必要な防衛反応として機能しているというのが、この理論の考え方です。以上のように、うつ病は「防衛反応」の結果として起こるものであり、生命を守るための症状であることがわかります。
「うつ病=自殺」というイメージがつきまとっていますが、それは誤解であり、実際には休息モードの状態です。うつ病が自殺に結びつくのは、精神科で処方される向精神薬の影響が大きいと考えられます。
特に睡眠薬、抗不安薬は急激な断薬などで「自殺念慮」を引き起こす症状もあるので、長期で服用する場合は注意が必要です。(自殺者の7割はベンゾジアゼピン系薬を服用しているデータがあります)
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