カテゴリー
- トラウマ症状
はじめに
うつ病や双極性障害、統合失調症などの精神疾患は、精神医療の世界で、その根本的な発症メカニズムが完全には解明されていません。
精神医療の現場では、症状の多様性や患者ごとの背景の複雑さから、単一の原因を特定することは困難であるとされています。
日本国内では1998年頃から、モノアミン仮説が広く知られるようになりました。
これは「セロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質の減少がうつ病を引き起こす」という考え方です。仮説という言葉が示す通り、科学的に確定的な証明があるわけではなく、臨床的な観察や薬物の効果から導かれた推測に過ぎません。
この仮説が広まった背景には、1988年にイーライリリー社が抗うつ薬プロザック(SSRI)の販売戦略として「うつ病はセロトニンの不足によって起こる」と説明したことがあります。
このシンプルで分かりやすい説明は一般社会に強い説得力を持ち、製薬会社のマーケティングに大きく寄与しました。
その後、日本の製薬会社も同様の手法を取り入れ、日本においてもモノアミン仮説は広く浸透していきました。
しかし、実際にはこの仮説に基づく投薬治療は、副作用や離脱症状、自殺者の増加といった深刻な問題を引き起こすことが次第に明らかになり、症状を悪化させるリスクも指摘されるようになりました。現在では、モノアミン仮説だけではうつ病の全体像を説明できないと考えられ、他の仮説や複合的な要因が注目されています。
神経細胞からの観点(ミクロ的)
1. モノアミン仮説
モノアミンとは、ドーパミン・セロトニン・ノルアドレナリンの総称です。これらは脳内で情報伝達を担う重要な神経伝達物質であり、感情や意欲、快楽、ストレス反応などに深く関わっています。
モノアミン仮説では、これらの物質の不足や過剰が精神疾患を引き起こすとされます。例えば、ドーパミン過剰は統合失調症、セロトニン不足はうつ病の原因とされてきました。
しかし、この仮説を否定する意見もあります。

2. 受容体仮説

モノアミンの減少だけでは説明できない症例があるため、受容体側の機能障害が原因であるとする説が提唱されました。神経伝達物質が正常に分泌されていても、それを受け取る受容体が機能不全を起こしていれば情報伝達は成立せず、結果として精神症状が現れるという考え方です。
3. BDNF仮説

脳由来神経栄養因子(BDNF)は神経細胞の成長や維持に不可欠な物質です。うつ病患者ではBDNFの減少が認められ、これが神経細胞の減少や萎縮を引き起こし、モノアミン分泌量の低下につながると考えられています。つまり、神経細胞そのものの数や質の変化が病態に関与しているという説です。
脳機能からの観点(マクロ的)
1. HPA軸障害仮説
ストレス刺激は扁桃体を経て視床下部に伝わり、CRH → ACTH → コルチゾール分泌という流れを生じます。健常者ではコルチゾール分泌は時間とともに収束しますが、慢性的ストレス下では分泌が持続し、以下の影響を及ぼします。

2. トラウマによる海馬損傷仮説
長期的な心理的ストレスによりコルチゾールが毒性化し、海馬神経細胞を破壊することで萎縮が進むとされます。PTSDやうつ病患者において海馬萎縮が確認されており、心的外傷が脳構造に直接的な影響を与える可能性が示唆されています。
その他の要因
1. 遺伝因子

遺伝的要素は完全な説明には至らず、むしろ家庭環境や躾けの影響が大きいと考えられています。虐待を受けた子供が大人になって同様の行動を繰り返すなど、環境要因の連鎖が注目されています。
2. 内因子(心因反応)

家族の死、失恋、失業、災害など心理的ダメージによる反応。性格的特徴(真面目・几帳面・責任感が強いなど)が発症リスクを高めるとされます。
3. 生活環境因子

結婚・昇進・転勤などの環境変化が発症要因となる場合があります。特に社会人初期に発病しやすい傾向が報告されています。
まとめ
うつ病の発症要因は単一ではなく、神経細胞レベルの変化・脳機能の障害・心理的要因・環境要因が複合的に絡み合っていると考えられます。ただし、近年は脳科学的に脳の機能低下(大脳辺縁系、脳幹部位)が原因であることは明らかになっているため、克服のためには脳機能を回復させていくことが重要といえます。
