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- hspと脳科学
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疲れやすさは、優しさの証か

「人と会うだけでぐったりする」「音や光に敏感で、すぐに疲れてしまう」「何もしていないのに、心が重い」――こうした声は、HSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる方々からよく聞かれます。
この「疲れやすさ」は、単なる体力の問題ではありません。それは、脳が処理している情報の“量”と“深さ”に関係しています。HSPの脳は、外界からの刺激を細かく、丁寧に、そして深く処理するため、エネルギーの消耗が激しくなりやすいのです。
本稿では、HSPがなぜ疲れやすいのかを、脳の情報処理量という観点から科学的に考察しながら、詩的な視点も交えて紐解いていきます。
HSPとは何か? ― 神経の繊細さという個性

HSP(Highly Sensitive Person)は、心理学者エレイン・アーロン博士によって提唱された概念で、人口の約15〜20%が該当するとされています。彼らは、以下のような特性を持っています。
・感覚刺激(音、光、匂いなど)に敏感
・他者の感情や雰囲気を深く感じ取る
・複雑な情報を深く処理する傾向がある
・内省的で、自己理解に時間をかける
これらの特性は、脳の情報処理の仕方に深く関係しています。HSPの脳は、単に「多くの情報を受け取る」のではなく、「受け取った情報を深く、丁寧に処理する」構造を持っているのです。
脳の情報処理とは何か?

脳は、外界からの刺激(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)を受け取り、それを処理して意味づけを行います。この処理には、以下のような段階があります。
1.感覚入力(Input)
2.初期処理(一次感覚野)
3.統合処理(連合野)
4.意味づけ・感情付加(前頭前野・扁桃体・海馬など)
5.行動や感情としての出力(Output)
HSPの脳では、特に「統合処理」や「意味づけ・感情付加」の段階が非常に活発であることが、脳画像研究などから示唆されています。
HSPの脳が疲れやすい理由 ― 情報処理量の視点から

HSPが疲れやすい理由は、主に以下の3つの要因に集約されます。
1.入力情報の量が多い
HSPの脳は、環境からの微細な刺激を漏れなく拾い上げます。たとえば、以下のような情報が同時に処理されます。
・他者の表情の変化
・声のトーンや間のニュアンス
・部屋の照明や温度の微妙な違い
・背景の音や匂い
・自分の身体感覚や感情の揺れ
これらは、非HSPの脳では「ノイズ」として処理されることもありますが、HSPの脳ではすべて「意味ある情報」として受け取られ、処理対象となります。
2.処理の深さが違う
HSPの脳は、受け取った情報を「深く考える」傾向があります。
これは、前頭前野や海馬、島皮質などの活動が高いことと関係しています。
・「この人はなぜこの表情をしたのか?」
・「この言葉の裏にある感情は何だろう?」
・「この空間の雰囲気はどこから来ているのか?」
こうした問いが、無意識のうちに脳内で繰り返されており、情報処理の“階層”が深くなっているのです。
3. 感情との結びつきが強い
HSPの脳では、情報処理が感情と密接に結びついています。
扁桃体や島皮質、前帯状皮質などの活動が高く、感情の共鳴が起こりやすいのです。
・他者の悲しみを「自分のことのように」感じる
・映画や音楽に深く感情移入する
・自然の風景に涙が出るほど感動する
このような感情的な処理は、脳にとっては非常にエネルギーを使う作業であり、疲労の原因となります。
脳のエネルギー消費とHSPの疲労

脳は、体重の約2%しかありませんが、全エネルギーの約20%を消費するといわれています。
特に、前頭前野や海馬などの高次処理領域は、情報の統合や意味づけに多くのエネルギーを必要とします。HSPの脳では、これらの領域が日常的に活発に働いているため、以下のような状態になりやすいです。
・脳の“燃料切れ”による集中力の低下
・情報過多による思考の混乱
・感情処理の疲弊による気分の落ち込み
これは、単なる「気の持ちよう」ではなく、神経生理学的な現象として説明できるものなのです。
脳波から見るHSPの情報処理

脳波の観点から見ると、HSPの方には以下のような傾向が見られます。
| 脳波 | 周波数帯 | 主な機能 | HSPにおける特徴 |
| α波 | 8〜13Hz | リラックス・安定 | 外界刺激により乱れやすい |
| θ波 | 4〜8Hz | 内省・記憶・感情処理 | 海馬・前帯状皮質で優位に出現 |
| γ波 | 30Hz以上 | 高次統合・共感・意味づけ | 多感覚統合時に強く出現 |
特にθ波とγ波の活動が高いことが、HSPの「深い処理」と「共感性」の神経的な裏付けとなっています。これらの脳波は、創造性や感受性と関係していますが、同時に疲労や過負荷にもつながりやすいのです。
情報処理の“間”を育てるということ

HSPの脳は、情報を深く処理する力を持っていますが、その分、処理の“間”が不足しがちです。情報が次々と流れ込む中で、ひとつひとつを丁寧に受け止めていると、脳は休む暇を失ってしまいます。
この“間”を意識的に育てることが、疲労の軽減と神経系の回復にとってとても大切です。
情報の「間」をつくる実践
1日数回、刺激を遮断する時間を設ける
スマートフォンやパソコンから離れ、静かな空間で目を閉じて深呼吸をするだけでも、脳の情報処理を一時停止させることができます。
「何もしない」時間を肯定する
何かを生産し続けなければならないというプレッシャーから離れ、ただ“在る”ことを許す時間を持つことが、HSPの神経系には必要です。
自然との接触を日常に取り入れる
風の音、木漏れ日、水のせせらぎなど、自然の1/fゆらぎは、HSPの脳にとって最も優しい情報刺激です。これらは、脳の過活動を鎮め、深い回復を促してくれます。
HSPの疲れやすさを癒す神経的セルフケア

HSPの疲れやすさは、神経系の“過活動”と“過負荷”によるものです。そのため、セルフケアもまた、神経系を整えることを目的としたアプローチが効果的です。
神経系を整えるセルフケアの例
| ケア方法 | 神経的効果 | 実践のヒント |
| 深い呼吸法 | 迷走神経を刺激し、副交感神経を活性化します | 4秒吸って、6秒吐くリズムを意識します |
| マインドフルネス瞑想 | 注意の焦点を内側に戻し、情報処理を整理します | 音や呼吸に意識を向けるだけでも十分です |
| ゆったりとした音楽 | α波やθ波を誘導し、脳の緊張を緩めます | 1/fゆらぎ音や自然音がおすすめです |
| 感情のジャーナリング | 情報と感情を言語化し、脳内の整理を促します | 疲れたときほど、短くても書いてみましょう |
| “ひとり時間”の確保 | 外的刺激を遮断し、神経系を休ませます | 意識的に「誰とも話さない時間」をつくります |
疲れやすさは、感受性の証明
HSPの疲れやすさは、弱さではありません。それは、世界を深く感じ、丁寧に受け止めている証です。脳が多くの情報を処理し、感情と結びつけ、意味を探し続けているからこそ、疲れるのです。
けれども、その疲れは、やがて優しさや創造性、癒しの力へと変わっていきます。
HSPの脳は、ただ感じるだけでなく、「感じたものを育てる力」を持っているのです。